2019/01/26

今日という日がどのくらい素晴らしいか分かりますか。僕にはさっぱり分かりません。素晴らしいものなんて、こっちで勝手に決めるので放っておいてください。

しかし、自らはできれば他人に同調してほしい。感覚を共有したその瞬間をたったひとつの正解としたい。それは我が儘で勝手なことだろうか。自然に実現できたなら、素晴らしいことだと思う。

ひとりきりを感じる瞬間はいつだろうか。僕は二人の中でこそ強く感じる。それに耐えきれなくなって、ひとりきりになる。ひとりきりのときこそ、ひとりきりなんて感じない。ただひとりきりなだけで、それを投影する鏡もない。

社会を生きる上で必要なものを知っているなら、きっと文を書くことはない。そこに在るべきものを私たちはまだ知らない。海よりずっと深い青の感情に、名前をつけてやるのなら、それは誰にも教えないだろうな。

悲しみは自分だけのもので、他の誰に見せつけることもない。だけど、無理にでもそれを覗いてくるような人に、俺は一生を捧げてしまいたい。最後にはカナダに住みたい。カナダでやりたいことがある。

だけど今のところは、そうはしない。自分で決めることがない。まだ何も分からない。しばらくは堪え忍ぶことになるのかもしれない。本当は苦痛で今すぐ放り出したいのだけれど、社会にすがりついていないといけない。ご苦労なことだ。