2017/07/15(土)

約束は守らなきゃいけないでしょう。じゃないと意味がない。守らなくてもいいことなら約束をする意味がない。だから約束は守らないといけない。約束は守らないといけないから、約束を守るために何かしないといけない。何かしないといけないんだけど、その何かを見つけることすらできない。だけど約束を破ることはできないから、蛻の殻の様な自分を必死に揺さぶり起こして、何かしなくちゃいけないんだと思い込ませる。そうするとそれはプレッシャーに変わって、ストレスを産み、主観で見て非生産的な日常に焦りを感じ、どんどんダメになっていく。その果てのほとんどは、守れなかった約束とダメになった自分のツーショットで、どうすることもできないままに正解を見逃す。

 

しかし、何をすればいいのか分からないなんていうのは嘘で、本当は分かる。こうすればいいんだろうと思う。じゃあなんでそうしないのかというと、その先に待つのが失敗だった時のことを想うからだ。失敗をしたら、それまでの過程は全部無駄になると思う。実際には無駄にはならなかったとしても、やる前にはそう思う。すると、そこにかかる労力や時間が頭をよぎって、それらが無駄になるなんて自分がかわいそうだなと思う。がんばってるのにって思う。本当は分かる。失敗してもいいから行動すべきだと。これから先、重ねるだけの年齢と、近づくだけの死を思えば、今この瞬間にやるべきことはやるべきことしかないんだと分かる。

それでも何もできない自分は、果たして生きていると言えるのかも曖昧である。しかし、周りを見てみれば、何もしてない奴なんてごまんといて、自分も大衆の一部として馴染んでいるのだと安堵する。普段はこの世はクソだらけだなんて言うくせに、自分もこの世の一部なんだ〜と安心して、また何もしないでいる。それもまた1つの正解だよと思う。

やりたいことだけでもいいから、やってるうちはいい。誰に非難されようともいい。自分で自分を否定することをしない方がいい。分かっていてもできないのが自分であっていい。何もしなくてもいい、本当は。それが自分にとって正解であるのならば、別に。

本当はやりたいことなんてない。ただ誰かと話すだけで全てが満足だった。その回答を掲げることが恐ろしくて、自己顕示の手段を用いて暗喩的に匂わす。いつかはきっと、正解になれるよと思いながら、いつまでも先に進めない自分を応援してあげる。先に進むことが正解かは分からないけれど、いつかにたどり着くためには進む必要があるのだろうと思う。

でも、やりたいことがないなんて嘘かもしれない。だいたいのことはどうでもいい。口から出まかせでいい。大事なのは、瞬間の自分だけだ。

 

♪天国/向井秀徳