2017/08/05(土)

寝れなくて、でも結構元気で、朝から出かけることにした。今日は休みだったしね。自転車で動物園に行くことにした。いつもは電車で行くんだけど、実のところ電車で行くのも自転車で行くのも所要時間は大差ない。ただ漕ぐのが面倒だから電車で行ってた。今日は時間が有り余っていたので自転車で行った。元気だったしね。家を出た時、薄っすらと雨が降ってる気がしたが、まぁこれくらいなら止むだろうと思ってそのまま進んだ。すぐにめちゃめちゃ降り始めて、もう最悪なことになりましたよ。数分で止んで、濡れたアスファルトからムシムシとした湿気が立ち上り、町は水浸しの空気になった。ほんと出かけなけりゃよかったよ。

でも動物園はすごくいい。動物好きなんです。就職しても時折来たいな。豊橋総合動植物公園、通称のんほいパーク。こんないい動物園はなかなかお目にかかれない。

 

動物園を出てもジメジメしていて、えんやこら漕いで家に着く頃には体中ベタベタしていた。帰宅即風呂、そして睡眠。しかし14時の時間指定で荷物が届く予定だったため14時には起床した。ということで今日の睡眠時間は3時間だった。でもなんか元気で、荷物を受け取った後は散髪をしに行った。1000円カットは切る人がランダムだ。そしていつも行く店には切る人が六人くらいいて、当たり外れがもう分かる。大当たりは二人、当たりは二人、あとはちょっと嫌だ。今日は当たりだった。まぁまぁな髪型になって出た。散髪が終わる寸前、おれが額に汗をかいていることに気づいた理容師さんがタオルで拭ってくれた。暑かった?と一言言われたが、店内の空調はちょうどいいものであって、暑くなんて全然なくて、ただ自分が店に辿り着くまでに歩行によるエネルギーの消費、および外気による加熱、そして湿気によるべたつきの結果汗が止まらなくなっていて、それで暑かったなんて言うとお店の空調がダメみたいな物言いになるなと思って、なんて答えればいいか分からなくてパニクり、湿気があの、、すごいですよね、、、と答えた。ウケる。

 

帰りに本屋さんに寄って漫画を買った。帰りの電車は変なおじさんがいて嫌だったな。錆びついた自転車をドアを通せんぼする形で抱えてるんだよ。嫌だよな。

帰宅してまた即シャワーを浴びて、今に至る。そういえば夕方に三人前の焼きそばを食べた。でもなんかまたお腹すいてきたな。元気なんだよな、なんか今日はさ。

 

♪罪と夏/関ジャニ∞

2017/08/04(金)

僕の部屋は物に溢れている。しかし、ゴミが散乱しているわけではない。必要なものがたくさん転がっているのだ。本当はどこかにしまっておきたいのだが、収納はもうどこもかしこもいっぱいで、一寸の空きもないくらいなのだ。

本当に必要なものだけ残して物を整理しなよ、とよく言われるが、果たして本当に要らないものなんてあるんだろうか。例えばこの間まで実家の俺の部屋のテーブルの上には、もみじのイラストが描かれた観光施設の入場券の半券がもう十年以上鎮座しておられた。これは小学生の頃の修学旅行で訪れた広島で手に入れたものだった。手にとって眺めれば、薄っすらと不鮮明に当時のことを思い出す。関西人がこぞって広島焼きを食べてる姿がやけに印象的だったこと、ホテルで同じ部屋になったのがそこそこイケイケなやつで、本当に嫌だなと思ったけど、普通にいいやつだったこと(話し方は受け付けんかったけど)。そういった過去を思い起こさせるために、当時の欠片みたいなものがあるとよいのだ。特に僕は忘れっぽいので、何かきっかけのようなものがないともうダメなんだ。だからいろんな季節のいろんなものを大切に置いている。

んだけど、その半券は、ある時僕の部屋に侵入した妹によって特に意味もなく半分に破かれてしまっていた。憤慨した僕は妹になぜ破ったのかと問い詰めた。すると、「ゴミやん。」と一言返され、唖然としてしまった。ああ、これってゴミだったのか、と思った。たまたま通りかかった親にも「そんなん捨ててまいよ。」と言われた。僕は半分に千切れたそれをゴミ箱に捨てて部屋に戻った。

 

じゃあ、ここにあるもののほとんどはゴミなんじゃないだろうか。小学生の頃に下手くそな漫画を書きなぐっていた自由帳。卒業式で配られた花の飾りがついたセーフティーピン。中学の初めての授業で配られたプリント。初めて訪れたライブハウス、2009年初冬の、今は亡きZEPP OSAKAでもらったフライヤー。自分で企画したイベントの精算書。今はもういない友達の手紙。全部ゴミか。

 

そんなことはない。他人から見てどうであっても、自分にとってはその全てが思い出の欠片で、無くなったらその物だけじゃなく、自分の中で確かに何かを失う事になる。それを意味も無く勝手に破壊するなんて、妹は本当頭どうかしてると思う。そもそも人のものを壊しちゃダメですよ。世が世なら切り捨て御免でしたよ。ほんと。

 

と、長々と書いてきたが、こういう思考回路があって、部屋が一向に片付かないのだ。近年はうすうす感づき始めている。捨てるべきものもあるのではないか、と。それでもそう簡単に手放す事はできない。今までに手に入れてきたものなんてたかが知れていて、その一片を自ら放るなんて恐ろしい事だ。ただでさえ少ないものがさらに少なくなるなんて、困っちゃうな。

 

そんなわけもあって、なんとか収納を増やす方向で進めている。CDが40枚入るプラケースを4箱、購入した。全部に入るだけ詰め込んで、ようやく床のCDが片付いた。しかし、床にはまだ、文庫本や雑誌、それにトレーディングカードやなんやもある。それらを片付けたくて新たなプラケースを注文する。そうするとダンボールに梱包されて送られてくるわけですが、うちからダンボールを捨てる場所までは徒歩15分かかる。おかげさまで通販中毒の僕の部屋はダンボールにも溢れている。一度じゃ捨てきれないから何度も往復しないといけない。この炎天下にさ。無理でしょ。市のルールがなんとかすべきだと、思いませんか。ねぇ、ほんと。どこでもダンボール捨てれるようにしますって公約掲げて市長に立候補したら当選しちゃうんじゃないかってくらい、みんなそう思ってると思う。頼むよほんと。

 

♪黄色い車/サカナクション

2017/08/03(木)

インターネットは便利だ。大概の事は検索すれば情報に行き着く事ができる。なんて素晴らしい時代なんだろうね。好きな子にうまく告白する方法だってさ、検索すればいくつか出てくるんだよ。素晴らしい時代だよ。いろんなことをすぐに検索するよね、僕もみんなもね。

おかげさまで気づかない間に僕たちには偏った思考が形成されつつあって、その行く末には人間らしさなんて必要のない、排他的な世間が待ってるんじゃないかと思う。一部の総意が民意になって、民意が個人の意見になって、そこに迎合できなければ拒絶されるんですよ。みんなが同じように同じ事を考える世界。素晴らしい時代ですよ。

 

ほんと最悪だと思いますよ。もちろんいいことがたくさんあるからインターネットはここまで発達したんですけど、少なくとも失うものがなかったとは言えません。その昔、僕が小学生だった頃っていうのは、ネットのレビューとにらめっこしてから買うものを決めることはなかったし、ネットの意見に思考を支配されてる人だっていなかった。まだネットの意見と言えるほど意見の数がなかったっていうのもあると思いますけどね。

僕だってネットときっちり関わって育ってきた世代ですからその毒見に侵されているとは思いますけど、それでも納得のいかない事は起きるんですよ。ネットが発端で。

自分がとても好きだなと思った作品を他人に勧めてみたら「ネットで評判良くなかったからそれは見ないんだ。」ですよ。ふざけてんじゃねぇよと。じゃあその作品のレビューに俺がいいことを100万回書いたら世界中の誰もがそれを見てくれるのかよと、思いましたけどね。もうやるせない事この上ないんです。

 

たしかに他人の意見を参考にして手軽にいいものに出会うことが出来る世の中だと思います。家電やなんかは特にそうですよね。高価な家電、例えば冷蔵庫やなんかはぽんぽん買い換えるわけにはいきませんし、今現在使用している人たちの意見を聞いてから購入すべきだと思います。それは便利になったインターネットの利点ですよね。

だけど、個人の趣向で取り入れるべき、どれだけ情熱を持って取り組もうとも所詮娯楽の域を出ないもの、それは音楽であったり美術であったり、映画や演劇もそうです。動物の飼育だって、カードゲームだってそう。そういったものに他人の意見というのは、もちろん聞いて参考にするのはいいことだと思いますが、それだけが全てで、自分がどう思うかじゃなく、世間がこう言うからこれはこうなんだって、そう決め付けてしまうのは絶対に間違っています。

自分よりも下の世代と会話をするとこういうことが結構多くて、もう嫌になります。もちろん全員が全員そうということではないんですけど。批評するのであればイメージで発言するのではなく、きちんと自分で触れて感じて考えて答えを出さないといけません。もうね、許しませんよ。ちゃんとしてくれないと。

 

みなさんお察しの通り僕は音楽や映画が好きです。そのほとんどには誰かのそれまでとその瞬間の情熱やなんやが込められていて、つまらないものなんてほとんどありません。ただ、その最終形が自分にとって気にいることができるかどうかはまた別の話で、自分以外の人にとってもそうで、その好き嫌いは人それぞれであって然るべきです。だから、他人の意見がその作品の全てなんだってのは違うんです。どんなものであっても、少しでも触れてから判断したいです。

これは僕の意見であって、ここまでの話にもあるように、他人の意見が全て正解でその通りでないと間違いだ、なんてことはありませんから、ここに異論を唱える人もいると思います。しかし、作品は、それをちゃんと受け取って判断してくれる人がいないと、そのままゴミ箱に放られるようなものです。「あの人の作品はよくないらしいから聞く価値ないよ。」ってネットにたくさん書かれていていたら聴かないですか。聴いたら自分の人生を変えるくらい素晴らしい作品かもしれないのに。

 

まぁいいんですよ、そんなことはね。自分でも何かいてるのかよくわかんないですよ。
それは置いといてね、この間「他人に勧められたものを聴いたり見たりするのは嫌だ。」って人がいたんですよ。どうしてかって訊ねたら、勧めてくれた人と同じようにいいものだって思えるとは限らないから、って言ってました。それは人間関係にとって守るべき優しさのラインかもしれないですけど、僕が誰かに何かを勧めた時はどうかそんなことは気にしないで欲しいんです。好きじゃなくたって全然構わないから、どうして好きじゃないのか、どうあれば好きなのか、その要素をひとつずつ並べて話をしたいんです。別に好きになって欲しくて勧めるんじゃなくて、その自分の好きなものについて議論がしたくて勧めるんです。僕は自分の事ばっかりの人間ですから。もちろん作品自体も楽しめたら素敵な事ですけど、それがダメでも、会話が楽しくできたら全然いいなって思います。だから、みんなそれぞれに自分の意見を強く持ちましょうね。それを擦り合わせていくのが人間関係ですから。

 

♪Silver Spring/LAMA

2017/08/02(水)

とても好きな漫画で、鬼頭莫宏さんの『なるたる』というのがあるんだけれど、コミックはプレミア化していてなかなか手に入れることができなかった。電子書籍で読んでいるのだけど、ずっと現物で欲しかった。おれはそういう気質だから。そしたら、今になって新装版となって発売されることになったんですよ。やばいでしょ。すぐ本屋に走りましたよ。1冊千円で8冊出るから八千円でさ、プレミア価格のコミックより高くつくけど、もう全然構わない。中古で安くより、新品で高くで全然構わない。好きだから。そういうの惜しみなくやれるようにしておきたいですよね。もちろん安くできるとこは安くしていきたいけどさ。

 

あとは猫を飼ってる人のエッセイも買いましたね。猫ってほんと自由でいいからね。野良猫と仲良くなったらさ、もうほんと癒される。でも膝に乗られてしばらく降りてくれなかったときは困った。痺れるしさ、フトモモが。

 

気づいたら数年前とは全く違う生活リズムになってて、側から見たら変わってないのかもしれないけれど、自分ではもう全然違うのよ。どうですか、みなさんは。五年前と生活リズムは同じですか。きっと違うと思う。特に僕のような、20代前半の人なんかは。だけど、そんな生活に違和感を感じることもなく淡々と過ごしていて、それって結構すごいなって思いませんか。僕は思うんですけど。知らない間に変わっていってるんですよね、何もかもが。びっくりしますよね。

 

♪High and Dry/Radiohead

2017/08/01(火)

親知らずが生えた。外側に向かって生えていて、頰に当たって痛い。どうしたもんかなぁと悩んでいた。親知らずといえば、抜くだの抜かないだのがまず浮かぶ。そして、すげぇ痛いって聞く。つらいなぁ、自分のこととなると。歯医者に行かなきゃなぁ。23年間虫歯の1つもできたことなくて、歯医者なんて行ったことないのにさ。

 

歯医者に行くのが嫌すぎて、5時間くらい悩んだ。嫌なことはしたくないよね。楽しいことだけしてたいよ。

でも、えらいので歯医者に行った。めっちゃ怯えてたが、案外あっさりしたものだった。親知らずはたいしたものではなく、頰に当たる部分だけ削って終わった。全然痛くもなんともなかった。それよりも、虫歯が見つかったことがよほどショックだった。23年目にして初の虫歯だよ。つらい。来週から毎週歯医者に行くことになった。ほんと、なんだってんだよな。

 

♪消せない罪/北出菜奈

2017/07/31(月)

学校で報告会。大したことが起きるわけもなく、この3年間で積み上げてきたものを積み上げた通りにお話する。予定調和の時間が流れる。今更分からないなんてことがあるはずないだろ。でも、わかんないやつもいるから不思議だなと思う。人間としてのスペックに不備があるんじゃないだろうか。

 

だけどそれが悪いなんてこともなく、別にどうでもいい。今日は少しやさぐれた感じでお話してみようと思う。意味はない。そして口調が変わるわけでもない。ただ今の気持ちがやさぐれてるだけ。

 

俺よりダメなやつなんてこの世にいないと思う。そして、みんなそう思ってるんだと思う。それはきっと思い込みだけど、そう思うと全部なんとかなる気がする。今俺はこんなに落ち込んでるけど、みんなもきっと落ち込んでるんだろうなって。心の平均値が低くなれば、自分の墜落した気持ちもそんなに低く感じない。よかった。

でも、それじゃダメだ。自分のことは自分の中で決めつけていかないとさ。周りに流されて自分を形成するのは無いのと同じだ。

 

いなくなった友人のことを思うと、自分の中にたしかに何かがあることを感じる。それがとても寂しい。

 

♪she said she said/the beatles

2017/07/30(日)

今日は君の膵臓を食べたいって映画を見た。原作の本が流行った時には絶対に読んでやるもんかよって思ってた。世間で流行ってるひねくれた雰囲気のものをどうしても認めてやることができなかった。でも、今は普通に見よう〜と思って見に行きました。心境の変化だな〜。どんなものでもとりあえず触れてみてから判断するようにしようと、それを実践できるようになったのは最近のことだ。

 

映画はとてもよかった。ストーリーだけ摘めばよくある話かもしれないけれど、登場人物の微妙な揺らぎまできちんと含めて演出されていてよかった。何より、演技っぽさが鼻につかなくてよかった。僕は演技ですよ!って演技がもう見てられない。恥ずかしくなってくる。ネタならいいけどさ。

 

今日は映画見る以外何もしてなかったです。さっきおっとっと食べたくらい。夏、早く終わってほしいですね。

 

♪ギンヤンマ/キセル